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横浜地方裁判所 平成4年(行ウ)15号 判決

神奈川県大和市南林間二丁目一九番六号

原告

株式会社相模建動

右代表者代表取締役

傳田桂一

右訴訟代理人弁護士

杉本昌純

神奈川県大和市中央五丁目一三番一三号

被告

厚木税務署長事務承継者 大和税務署長 本多清次郎

右指定代理人

渡邉和義

寺島進一

高瀬正毅

関澤照代

越智敏夫

蓑田徳昭

野末英男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が、平成二年六月二九日付けでした原告の昭和六二年三月一日から同六三年二月二九日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の更正のうち所得金額一〇一〇万五一六一円、納付すべき税額一三三九万九〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定のうち過少申告加算税の税額三五万円を超える部分をそれぞれ取消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、裁判上の和解(以下「本件和解」という。)により支払義務を認めた示談金の一部を損金として示談金の科目で計上したところ、計上金額の一部の損金算入を否認されたことに対し、その更正及び過少申告加算税賦課決定の取消しを求めた事件である。

一  本件課税処分等の経緯(争いがない。)

原告の確定申告及び異議申立等並びに被告の本件課税処分等は、別表一記載のとおり行われた。(以下被告の更正を「本件更正」、過少申告加算税の賦課決定を「本件賦課決定」といい、両者をあわせて「本件処分」という。)

二  本件処分の根拠に関する被告の主張

1  本件更正の根拠

(一) 原告の本件事業年度の総所得金額 五七七一万五一六一円

原告の法人税確定申告に係る所得金額一〇一〇万五一六一円(争いがない。)と、原告が示談金の科目で損金に計上した四八〇七万円(以下「本件示談金」という。)のうち、本件事業年度の末日までに債務が確定しているとは認められないとして損金算入を否認した四七六一万円との合計額である。

(二) 課税土地譲渡利益金額 五一二五万三〇〇〇円

原告の本件事業年度の課税土地譲渡利益金額は、別表二記載のとおりである。(争いがない。)

(三) 課税留保金額 六七四万六〇〇〇円

原告の本件事業年度の課税留保金額は別表三記載のとおりである。(争いがない。)

2  本件賦課決定の根拠

原告の本件事業年度法人税の過少申告に対して、昭和六二年法律第九六号による改正後の国税通則法六五条一項及び同五九年法律第五号による改正後の同条二項の各規定に基づき、本件更正により原告が新たに納付すべきこととなった法人税額二四一七万円(同五九年法律第五号による改正後の同法一一八条三項の規定により一万円未満の端数切り捨て後の金額)を基に計算した金額三一二万三五〇〇円を過少申告加算税として賦課決定した。

3  示談金の損金計上否認の根拠

(一) 本件和解についての経緯は以下のとおりである。(争いがない。)

(1) 原告は、昭和六〇年五月二四日、道下佳樹及び道下智樹(以下両名を「道下ら」という。)との間で、道下らが所有する別紙和解条項添付物件目録第一及び第二の土地(以下「本件土地」という。)を昭和六〇年六月一日から昭和八〇(平成一七)年五月三一日までの二〇年間賃借し、月額五〇万円の賃料を支払う旨の賃貸借契約を締結した。 原告は、昭和六〇年六月、右第二の土地上に木造平屋建の事務所(以下「本件建物」という。)を建築した。

(2) 道下らは、同年一一月二二日、原告に対して、本件土地の明渡し及び本件建物の収去を求めて訴訟(横浜地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三〇五九号)を提起した。

原告と道下らは、昭和六二年一二月七日、右訴訟において別紙の和解条項のとおり和解をした。

(和解条項における「被告」及び「乙」は本件原告のことをいい、「原告ら」及び「甲ら」は道下らのことをいう。)

(3) 原告は、分割払いにした本件示談金以外に土地の使用に係る金員を支払っておらず、一方道下らは本件示談金のうち支払期日が到来した額を、毎年不動産所得の収入金額として申告している。

(二)(1) 法人の各事業年度の所得金額の計算上、販売費、一般管理費その他の費用を損金の額に計上し得るためには、別段の定めがあるものを除き当該事業年度終了の日までに債務が確定していなければならない(法人税法二二条三項二号)。そして各事業年度終了の日までに債務が確定しているものとは、当該事業年度終了の日までに、(一)当該費用に係る債務が成立していること (二)当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること (三)当該債務の金額を合理的に算定することができるものであること、のすべての要件に該当することを要するものである(法人税基本通達二―二―一二)。

(2) 本件示談金四八〇七万円は、〈1〉分割払いとして土地引渡期限まで毎月二三万円ずつ支払うものとされている一方で、引渡期限の途中において原告が土地を明け渡した場合には、右明渡時における残額の支払いを免除されるのであるから、示談金の各月の支払い義務は、原告が現実に土地の明け渡しを履行するまでの期間の経過に応じてその月ごとに確定するものである。すなわち、各月ごとに具体的な給付をすべき原因となる事実が発生することになり、本件事業年度終了の時点(昭和六三年二月末日)において、支払期日が未到来である四七六一万円(昭和六三年三月分以降の分割支払金合計額)は、前記通達(二)の要件に該当しない。また、〈2〉右のとおり原告が本来の引渡期限以前において土地を引き渡すことも可能であり、その場合にはその時点における残額が免除されることになるから、本件事業年度終了の時点において、原告が現実に土地を引き渡す期日は未確定であり、従って原告が支払うべきか金額を具体的に、すなわち合理的に算定することはできず、前記通達(三)の要件にも該当しない。

したがって、本件示談金のうちの右四七六一万円は、債務が確定していないことになる。

三  原告の主張

1  本件和解条項は、和解当事者の基本的な権利義務を確定判決と同一の効力を有する和解調書という形式において定めたものであり、本件和解条項そのものが、具体的な給付の原因事実の発生に当たり、またこれにより金銭債務の金額(示談金六三五七万円の支払義務)の明確性も認められるもので、この和解の成立によって債務は確定したのである。被告に否認された四七六一万円についても、債務の確定の判定基準である法人税基本通達二―二―一二の定める三要件の全てに該当することが明らかである。

2  被告は、本件和解条項の一項目である第五条三項(明渡猶予期限内の原告の任意の建物収去・土地明渡の際の示談金の残額免除規定)に拘泥して、右通達(二)及び(三)の要件に該当しないとしているが、右条項は本件和解条項の骨子ではなく派生事項についての規定にすぎない。

すなわち、右第五条三項所定の事実の発生可能性は、本件和解成立時においては抽象的なものというべく、その抽象的可能性に止まるものを債務確定の問題の核心的要素とすることは合理性に欠けるばかりか、仮に、現実にそのような事態が現出した場合には、その事業年度に生じた新たな課税関係として処理すれば充分対応できるのであるから、これにこだわるべきではない。

四  争点

本件の争点は、本件示談金のうち、被告により損金算入を否認された四七六一万円が、法人税基本通達二―二―一二の(二)及び(三)の要件に該当するか否かである。

第三争点に対する判断

一  法人税法二二条三項は、当該事業年度の損金の額に算入すべき金額について、「当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額(同項二号)」と定めているが、課税の公平の見地からすれば、債務が確定しているといいうるためには、客観的な事実関係に基づくべきであり、そのためには、当該事業年度終了の日までに、(一)当該費用に係る債務が成立していること、(二)当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること、(三)その金額を合理的に算定することができるものであることの三要件が充たされていなければならないと解される(法人税基本通達二―二―一二)。このこと自体については当事者間にも争いがない。

二  次に、前記第二、二、3、(一)の争いのない事実によれば、原告は本件土地建物について所有者である道下らから建物収去土地明渡訴訟の提起を受け、その後昭和六二年一二月七日に本件和解が成立したものである。右の事実を前提にして、別紙和解条項を総合的に検討すれば、和解当事者間に合意された法律関係は、原告に本件土地使用の権原がないことを確認した上で、それを前提に、明渡を猶予し、他方原告の不法占有に基づく損害賠償として、昭和六二年一二月三一日までの本件土地占有による損害金及び昭和六三年一月以降の別紙和解条項添付物件目録第二の土地占有による月額二三万円の賃料相当損害金の支払い義務を定めたものであると解するのが相当である。

三  そうすると、本件示談金(昭和六三年一月一日以降の賃料相当損害金)は、原告の右土地に対する占有という事実があって初めて発生するものであることが合意の内容から明らかであるといわねばならない。

和解条項第五条三項は期限途中の任意の明渡しに伴う示談金の残額免除を規定しているが、これは本件示談金が原告の土地の使用占有に基づいて発生するものであるという本件示談金債権の性質から当然に導かれるものである。また示談金の総額を六三五六万円と定めたことも、同条一項の過怠約款を導く必要から算定されたに過ぎず、原告の右土地の使用占有が期限終了まで続いた場合の損害金の総額を算出したものであると解されるのであり、これらの過怠約款があるからといって、本件示談金の性質が異なってくるというものではない。なお、本件示談金が賃料相当損害金であるということは和解の相手方である道下らの認識とも一致するものである。(乙五、同六の一及び三)。

四  以上のとおり、本件示談金に関して、本件事業年度の終了の日である昭和六三年二月二九日までに発生した具体的給付をなすべき事実は、同日までの原告の土地占有の事実のみであり、同年三月一日以降の原告の土地占有の事実はまだ存在していない。したがって、同年三月一日以降の示談金に相当する部分四七六一万円については、その具体的給付をなすべき事実が発生していないのであるから、法人税基本通達二―二―一二の要件(二)を欠き、債務が確定しているとはいえない。和解成立時において本件示談金の債務がすべて確定したとする原告の主張は理由がない。

第四本件処分の根拠等

一  本件処分の根拠について

被告主張の本件処分の根拠中、示談金否認額四七六一万円以外の部分は、当事者間に争いがない。

そして、右四七六一万円については、前記のとおり債務が確定していないのでこれを本件事業年度分の損金として算入することはできないのであって、結局、原告の本件事業年度の益金の額から、右四七六一万円を控除することはできないから、同額が、原告の所得金額として加算されることになる。

二  本件更正の適法性について

本件事業年度の更正に係る所得金額は、別表一記載のとおりであり、一で述べた本件示談金の一部四七六一万円の損金算入を否認した原告の本件係争事業年度の所得金額と同額であるから本件更正は適法である。

三  本件賦課決定の適法性について

原告は、本件事業年度に係る所得金額を過少に申告していたので、被告は、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正後のもの。)及び同条二項(昭和五九年法律第五号による改正後のもの。)の規定に基づき、本件更正により納付すべきこととなった税額に基づき算出した金額の過少申告加算税を賦課決定したものであって、同決定もまた適法である(別表四参照)。

(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 秋武憲一 裁判官 藤原道子)

別表一

〈省略〉

別表二

〈省略〉

別表三

〈省略〉

別表四

過少申告加算税の算定根拠

〈省略〉

別紙

和解条項

第一条 被告(以下「乙という」。)と原告ら(以下「甲らという。」)との間において、別紙物件目録第一・第二の土地について争訟を生じていたが、ここに和解により解決することとし、乙は甲らに対し、別紙物件第一目録・第二目録の土地(以下「本件土地という。」)を、権原なく占有していることを認め、昭和六二年十二月三一日限り、右物件第一目録の土地を明渡す。

第二条

一 乙は甲らに対し、別紙物件第二目録の土地を昭和八〇年五月三一日(二〇〇五年五月三一日)限り、右土地上の別紙物件第三目録記載の建物(但し、第八条の定める増改築部分を含む・以下「本件建物という」。)を、被告の負担において収去して、第二目録の土地を明渡す。

二 原告らは別紙物件目録、第二目録の土地の公租公課を負担する。

第三条 乙は、本件建物を他人に譲渡又は賃貸、抵当権の設定、その他第二条記載の明渡しの妨害になるような一切の処分をしない。

第四条 乙は甲らに対し、示談金(損害金)として金六、三五七万円の支払義務あることを認め(但し金一、五〇〇万円については支払済)、その余の残金四、八五七万円については、昭和六二年一二月末日に金五〇万円を支払い、その余の残額四、八〇七万円については昭和六三年一月一日から昭和八〇年五月三一日(二〇〇五年五月三一日)まで、各月末日限り金二三万円ずつ二〇九回に分割して、甲ら訴訟代理人の銀行普通口座(三井銀行横浜支店・口座番号四〇九八一六〇・内藤亘)あて送金して支払う。

第五条

一 乙が、第四条の示談金の支払を二回以上遅延したときは、示談金に関する定(第四条)は無効とし、乙は同条に定める期限を失い、その時における残金を損害金として一時に支払う。

二 前項の場合及び第三条並びに第七条・第八条に違反した場合は、乙は第二条の定めるところにより、即時に別紙物件第二目録の土地を明け渡す。

三 乙が第二条の定めにかかわらず、その期限の途中において任意に別紙第三目録の建物を収去して、同第二目録の土地を甲らに明け渡した時は、第四条に定める示談金の支払いにつき、そのときにおける残額を免除する。

第六条 乙が、第二条の期限に物件第二目録の土地の明渡しをしないときには、乙は昭和八〇年六月一日(二〇〇五年六月一日)からその明渡しずみまで、一日一九、八六三円の遅延損害金、及び同金員に対する日歩八銭二厘一毛(年利三〇%)の割合による違約金を支払う。

第七条 本件に関する鑑定料一一〇万円及び測量分筆料九八、〇〇〇円・合計一一九万八千円のうち、乙が三九九、三三三円を負担し、その余を全て甲らが負担するものとし、乙は昭和六二年一二月末日限り第四条に定める甲ら訴訟代理人に送金して支払う。

第八条

一 甲らは、乙が別紙物件第三目録の建物を、その構造(木造建物)に反しない限度で利用のため、増改築することを妨げない(但し、現存の同第三目録の建物の取り壊しによる全面改築、その他同一性を害しないものとする)。

二 乙が増改築をしたときは、遅滞なくその内容を甲らに報告する。

三 甲らにおいて、乙を相手方として右増改築建物につき、本件建物と同時期に収去する旨の申立てをなしたとき、乙はこれに応諾することを約する。

第九条 乙は、甲らが横浜地方裁判所昭和六〇年(ヨ)第一一三八号不動産仮処分申請事件について供託した担保(株式会社三井銀行横浜支店支払保証契約に基ずく各自一、四〇〇万円)の取消に同意し、その取消し決定に対する即時抗告権を放棄する。

第一〇条 乙は甲らに対し、第一目録上に存する第三者の利用関係を明らかにする資料(転借料・期間)を本和解成立期日に交付し、所要の清算を了するものとする。

第一一条 原告ら被告ら間には、本件に関し前各条項に定める外、一切の請求をしない。

第一二条 訴訟費用は、各自の負担とする。

物件目録

第一目録

所在 大和市南林間二丁目

地番 参参四六番五

地目 山林

地積 壱弐四六平方メートル

第二目録

所在 大和市南林間二丁目

地番 参参四六番弐参

地目 山林

地積 弐四七平方メートル

第三目録

所在   大和市南林間二丁目参参四六番地五

家屋番号 参参四六番五

構造   木造スレート葺平屋建

種類   事務所壱棟

床面積  八壱、壱五平方メートル

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